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2009年9月号 城と城下町の歩き方 弘前城

城と城下町の歩き方
取材・文:桜鱒太郎
写真:宮地工

往時の姿が町ごと残る町
弘前城

(前略)

弘前城は津軽統一を果たした初代藩主・津軽為信(ためのぶ)が計画し、慶長16年(1611)に2代藩主・信枚(のぶひら)によって完成した城で、日本に12ヵ所しかない現存天守があることでも有名。厳密には寛永4年(1627)に五層あった天守が落雷で焼失し、文化7年(1810)に再建した三層の天守であるが、その他の丑寅(うしとら)櫓、辰巳櫓、未申(ひつじさる)櫓の3つの隅櫓と、追手門、北(亀甲)門等5つの門は、築城当時より現存している。

築城場所を選定したのは沼田面松斎(めんしょうさい)という軍師で、風水における「四神(しじん)相応」の地形を目指して作られている。四神相応とは、東に「青龍」の泳ぐ河川が流れ、西に「白虎」が守る街道、北に神獣「玄武」を守護する山がそびえ、南には「朱雀」の住む湖沼のある場所が栄えるという地形。これを弘前城に当てはめると、東は青龍が泳ぐ河川「土淵(つちぶち)川」、西には白虎が守る「西浜街道」、南に朱雀の住む「南溜め池」(現存せず)、となる。しかし北には山がなく、玄武が亀の甲羅と蛇の尾を持つことから、「亀甲町」という名の町を新しく作り、その代用とした。
また、災いの侵入口とされる鬼門の方角(北東)に弘前八幡宮や熊野奥照神社、そこから南方向にかけて最勝院を中心に12寺を配し、「最勝院構え」という軍事上の防御線を形成。さらに、裏鬼門の方角(南西)には津軽家菩提寺の長勝寺や、曹洞宗33寺を集めた禅林街を配した。その成果かは分からないが、弘前は多くの人を集めて繁栄する町になった。

(後略)

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