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2009年9月号 上杉家の居城を辿る

上杉家の居城を辿る
会津若松~米沢 1泊2日の歴史旅
文:小林正彦
写真:鷹野晃

大河ドラマ「天地人」の舞台は、越後から東北へ。今回の旅は、会津から米沢へと居城を辿る旅。各地に往時を偲ぶゆかりの史跡名所も多い。いざ、天地人ロマンの歴史旅へ!

 

天下分け目の関ヶ原合戦後、会津120万石から米沢30万石へ国替えとなった上杉景勝と知将・直江兼続の足跡を辿る、歴史ロマンの旅だ。ルートは、東京から郡山(福島)まで新幹線で行き、駅でレンタカーに乗り換えて、磐越自動車道で会津若松へ。上杉居城の鶴ヶ城と周辺を散策。国道121号線で喜多方経由で米沢(山形)へ向かい、市に入る手前の名湯「小野川温泉」で1泊して翌日、米沢城址(松岬(まつがさき)公園)などを巡る。帰りは、米沢から国道13号線で福島市へ抜け、新幹線で東京へ。1泊2日ながら、時間的ゆとりを持ってドライブも楽しめるおすすめのプランだ。

鶴ヶ城から幻の神指城を眺めて

さて、では郡山からのドライブをご一緒いただこう。左に猪苗代湖、右手に雄大な磐梯山を眺め、磐越自動車道を走ること約1時間。やがて会津若松市内へ入る。
市の中央から南側に位置する鶴ヶ城は、領主の蒲生氏郷(がもううじさと)が文禄2年(1593)に築城。その5年後の慶長3年、豊臣秀吉の命により国替えとなった上杉景勝が入城した。同年に秀吉が死去、上杉家の形勢に陰を落とす。慶長5年(1600)、徳川家康に謀反の疑いをかけられ、兼続が主の潔白を訴えた「直江状」を家康へ送り、激怒した家康が上杉追討の軍を挙げた。そのころ石田三成が挙兵。いよいよ関ヶ原合戦となったというのがよく知られた歴史の流れだ。その後、旧豊臣方の上杉家は米沢へ減封となる。だから景勝がここに居城したのは3年ほどである。
実はこの会津でも、上杉が居城していたことを、最近になって知ったという人も結構いるそうだ。秀吉が生きていれば、会津は上杉120万石の大領地になっていたともいわれ、新たな城の建設にも取りかかっていたのだ。鶴ヶ城より護りの固い城として、土台部分までは築かれていた。それが幻の「神指(こうざし)城」である。家康は築城を謀反だと言いがかりをつけたのだ。
鶴ヶ城の天守閣から北西の方角、神指町を眺めても幻の城は見えない。だが、もしや歴史が変わっていれば東北随一の名城があったやも、と、思いを馳せるのも旅の醍醐味というもの。鶴ヶ城の西側には、最近になって直江兼続の屋敷跡も発見され、大河ドラマ「天地人」放映と共に、会津にも上杉の存在感が色濃くなっている。

(後略)

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