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2009年10月号 里山のいで湯 松之山温泉

1万円の温泉宿の宝庫
里山のいで湯 松之山温泉
文:井門隆夫
写真:宮地 工

日本全国の温泉地や宿泊施設に精通し、営業支援をしてきた井門隆夫さんが、日本の懐かしい風景が残る新潟県の松之山温泉を旅します。
ここは、1万円で泊まれる温泉宿の宝庫でもありました。

1万円で泊まれる宿とは

日本有数の豪雪地帯である新潟県十日町市。地元で「妻有(つまり)」と称されるこの地域のここかしこに点在する棚田やブナ林の美しさは、多くのカメラマンを魅せてやまない。1997年に北越急行ほくほく線が開業するまで陸の孤島だったこの里山に、人里離れるがゆえに懐かしい風景が残る「松之山温泉」がある。
草津、有馬と並び「日本三大薬湯」と称される湯は、有数のホウ酸含有量を誇り、古くから薬効高い名湯として知られる。しかし、長い間大都市との交通の便が悪かったせいか、都会の人の多くから見過ごされ、上越新幹線とほくほく線を使えば東京から約3時間で着くにもかかわらず、未だに知る人だけが足しげく通う。
地図を眺めていると、「おっ、こんな所に温泉マークがある」と気づく。実はそうした温泉こそが「1万円の宿の宝庫」なのである。「1万円の宿」といっても、2種類ある。1つは、通常は高いのだが、時期や条件によりおトクに泊まれる旅館であり、収容数の大きな有名温泉地に多い。もう1つは、設備面では立派とはいえなくとも、料理や家庭的な人情を売りにしている「通年でもともと1万円程度」の宿である。ここで私が薦める宿は後者であり、前者を望むならば、旅行会社のウェブサイト等を参考に探すとよい。そうした宿は建物への投資が大きく、客室稼働率を優先させねばならないので、需給次第でおトクに泊まれる。ただし、多くの旅館では宿泊料の一定割合を料理原価として考えるので、料理の保証まではできない。一方で「なじみ客」中心の宿は、繁閑差が相対的に小さく、いつでも定価が1万円だ。ただし、クレジットカードが使えないなどの制約もあるので気をつけたい。
どちらが好みかは旅行経験や目的にもよるが、近年「シンプルライフ」を志向し、物質的豊かさより精神的価値観を優先する戦後世代が増えるに伴い、人々は単に「お得だから」という理由ではなく、その懐かしさや本物感を求め、あえて「昔ながらに慕われる1万円の宿」を目指すようになってきた。

温泉街の中央に立つ木造の宿

松之山温泉街のほぼ中央に、鉄筋の旅館にはさまれるように、1万円で泊まれる一軒の「和泉屋」が立つ。松之山温泉が大火に包まれた昭和29年直後から変わらない木造である。「鯉こくの和泉屋」。地元では昔からそう呼ばれるように、代々の味が守られた鯉こくが夕食のシメに供される。「鯉は苦手」。そういう方ほど、熱々のうちに一口すすってみて欲しい。「手をかけ泥をぬいた本物の味」を確かめられるだろう。和泉屋では、地の食材を旬の時期に、シンプルな調理法で提供してくれる。契約農家産のコシヒカリ新米は9月下旬に、秋冬の山の味覚であるきのこは10月中旬に登場する。
客室は、2階に6室、別館にトイレなし2室の計8室。8室だけと言われて疑いたくなるほど宿は奥に長い。2階建てだと思ったら3階もある。木造の宿は「探検」するのが楽しい。

(後略)

井門隆夫(いかど たかお)

1961年生まれ。ツーリズム・マーケティング研究所主任研究員。宿泊施設の診断、分析に精通し、特に旅館再生ビジネスにおける日本有数のコンサルタント。

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