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2010年2月号 龍馬がはじめて物語
ワシが時代の先駆けぜよ!
龍馬がはじめて物語
文:北吉洋一
坂本龍馬は極めて好奇心旺盛な男であった。また、何でも自分の目で見、手で触れなくては気が済まない男でもあった。故に、常に時代の先端を走らずにはいられない。ここでは龍馬が時代に先駆けて身につけ、体験し、挑戦したことをいくつか挙げてみよう。もちろん、厳密には龍馬が最初というわけではないものもあるが、その辺りは龍馬の性格に免じてご容赦あれ。
【ブーツ】
よく見るとかなり傷んでいた半長靴
長崎の風頭(かざがしら)公園展望台に立つ坂本龍馬像は見事なブーツを履いている。また、亀山社中記念館の近くには「龍馬のぶーつ像」もある。龍馬とブーツは切っても切り離せない。
このブーツ、龍馬はどこで手に入れたのか。一説によると、下関で高杉晋作からもらったという。高杉はどこで手に入れたのか。それは文久3年(1863)の下関戦争の折、対戦相手のアメリカ・フランス連合国からの戦利品だったのだ。だから、上野彦馬写真室で撮影された写真をよく見ると、ブーツに穴があいているのが判る。かなり履き込まれたボロ靴なのである。
【新婚旅行】
まさに怪我の功名だったハネムーン
慶応2年(1866)、京都伏見の寺田屋で伏見奉行所の捕吏に襲われ、両手に傷を負った龍馬は、薩摩藩の西郷隆盛らの手引きにより、妻のお龍と薩摩旅行に出かける。この湯治こそ本邦初の新婚旅行といわれる。
この新婚旅行が今に伝わるのは、龍馬が姉の乙女に詳細な手紙を書き送っているからだ。その手紙に拠ると、慶応2年3月16日、日当山(ひなたやま)温泉に泊まる。17日、塩浸(しおひたし)温泉に行き10日間滞在。魚釣りを楽しむ。28日、霧島温泉に泊まる。高千穂峰に登り、弁当替わりのカステラを食べる。30日、霧島温泉に戻る。とまあ、のんびりした湯治旅行を2ヵ月に渡ってしている。これが日本初の蜜月旅行として伝わるのは、龍馬の筆まめの成せるわざといっていい。
【肖像写真】
名刺代わりに写真を交換していた?
現存する坂本龍馬の写真は6種類。慶応元年(1865)から同3年にかけて撮影された。その内の4種類は上野彦馬写真室で撮影されたと思われる。当時の人間にしてはよくカメラの前に立った方であろう。撮影した写真はつき合う相手に渡していた。この肖像写真のおかげで、我々は龍馬の人間性を、写真を通じて想像することができる。縮れ毛で近眼、そしてブーツ姿の写真がなかったら、果たしてこれだけの人気が出たかどうか。
(後略)
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表紙写真:
坂本龍馬像(長崎市)
(宮地工)





