こだわり1万円宿 第2回

旅ライターの斎藤潤さんおすすめの、一度は泊まってみたい宿を
「予算1万円」に厳選して毎月1宿ご紹介します。

香川県

向島集会所

自然豊かな小島の宿で国際交流

海上タクシーに
乗って向島へ
午後5時10分前、直島(なおしま)の本村(ほんむら)港待合所に荷物を置いて周辺を歩いていると、声をかけられた。今晩の宿の主、よっちゃんだった。同宿の客1人と一緒に浮き桟橋へ案内され、横付けしてあったボートに乗り込む。宿のスタッフが1人待っていた。ボートは快適に飛ばして、2分ほどで向島(むかえじま)に到着。ささやかな船旅だが、定期船も通わぬ島なので、わくわくする。

対岸から見えた白いモルタル2階建て(愛称、ひみつ基地)へ、スタッフと向かう。以前は、島の集会所だったが、今は宿として使われているのだ。中に入ると、3人定員の6畳間に通された。今日は、ここに1人だという。

宿主のよっちゃんは、豊かな自然の中にある古い建物なので、比較的デリケートだったり虫や動物(人懐こい猫がいる)が苦手な人、プライバシーにこだわる人には、宿泊を勧めないとのこと。

フランス人など新たなお客が3人きて全員かと思ったら、連泊しているオーストラリア人の3兄弟もいるので、今晩は日本人2人と欧米人が6人。最近は、8割くらいが外国人だとか。8人そろったところで、夕食と朝食をどうするか聞かれた。いずれも食材費500円。スタッフが中心になって、自炊客も手伝う。弁当やカップ麺持参でもいいが、基本的には広間に集まってみんなで食べる。宿泊料と食材費を支払った後、トイレ、シャワー、台所を案内された。

〝未知〞を求める
欧米人旅行者
よっちゃんの母栄子さんに連れられ小島を散策してから、スタッフ3人がいる台所へ行って手伝う。狭いのでこれ以上入れない。

当日のメニューは、麻婆豆腐、生姜焼き、かぼちゃの煮つけ、ブリ大根など。お客が多いと、メニューも豊富になるという。

自分以外は恐らく20代の若者たち。食事終了後のフリータイムは、そのまま食堂に残ってけん玉や相撲ゲームなどをして、無邪気に遊んでいる。栄子さんがお手玉をしてみせると、彼らもすぐ挑戦。日本語と英語やフランス語が混じりあい、なんとなく通じるのが面白い。こんな状況を楽しめる人には、すばらしい宿だ。「うちは、いい宿というよりは変わった宿と思われているみたいです。欧米人は、直島だけでなく未知の向島を目的に来る人も多いんです」と、よっちゃん。

夕方からずっと流れ続けている音楽は、実に多様なジャンルで時々なじみ深いものが混じる。「自分の知っている音楽があれば、いろいろな人たちと会話のキッカケになるでしょう。夜が更けていくと、だんだん穏やかな音になるようにしています」

たくさん貼ってある映画のポスターも、同じ目的だ。本棚にも選りすぐりの本が並んでいた。街に出た時、お気に入りの書店で本を探すのが楽しみだという。「単なる寝る場所ではなく、居心地のいい空間を楽しんで欲しいので、自分なりに工夫しています」

さいとうじゅん●1954年岩手県生まれ。ライター。テーマは島、旅、食など。
おもな著書に『日本《島旅》紀行』『吐噶喇列島』『旬の魚を食べ歩く』『島で空を見ていた』。
近著は『島̶瀬戸内海をあるく』(第1〜第3集)、『絶対に行きたい!日本の島』

(ノジュール2016年5月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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