こだわり1万円宿 第4回

旅ライターの斎藤潤さんおすすめの、一度は泊まってみたい宿を
「予算1万円」に厳選して毎月1宿ご紹介します。

愛媛県

古民家ゲストハウス
汐見の家

瀬戸内海に浮かぶ小島の古民家再生の宿

島旅気分を
味わいながら
訪ねてみたい
因島土生(いんのしまはぶ)港から乗った船は、生名(いきな)島、弓削(ゆげ)島と寄港して、佐島(さしま)に接舷した。わずか十数分だが、船での島渡りはたっぷりと旅情を味わうことができた。先の島へ去りゆく船影が、また旅愁を誘う。

目の前に架かる生名橋を眺めながら海岸沿いを歩き、西方寺門前の路地に入る。一瞬迷ったが、奥に入る小路の角に英語でシオミハウスと綴られた道標があった。袋小路の左手に立つ堂々とした長屋門。そこが「汐見の家」だった。

門を潜ると正面が母屋で、左は下草の多い小ぎれいな庭、右には手押しポンプを備え、畳竹簀で覆われた赤煉瓦の井戸があった。ポンプの水口には、竹筒が嵌め込まれており、とてもおしゃれ。古民家再生に当って、松山にある愛媛県古民家再生協会と河原アート・デザイン専門学校が協力し、学生たちが再生プランを考えたり、壁塗りを手伝ったそうだ。

玄関の土間で、幼子2人を連れた管理人の富田桂子さんに迎えられた。富田さんは海外で長期間ゲストハウスを手伝ったことがあり、いずれ自分もと思っていたところに声がかかり、子ども2人と共に、伊予市から引っ越してきたという。部屋を案内してもらう。床の間のある奥の座敷と手前の中の間で、いずれも6畳。それぞれに天窓付きと神棚付きの3畳間が付随し、奥の6+3畳が女性用ドミトリー(相部屋)、手前が男性用だという。仕切りは、鍵のかからない襖だけ。予約時に、ごく普通の民家であることを説明しているという。もちろん、宿泊者が1人だけの時や、1グループのみの場合は、自由に使うことができる。

廃屋寸前の古民家が
今や国際交流の場に
土間を挟んだ反対側には、ウォシュレットのトイレ、シャワー室、キッチンがある。砥部(とべ)焼の手洗鉢と洗面鉢は、それぞれ工藤省治さん、冬里さん父子の作陶。離れに五右衛門風呂があり、自分で湯を沸かして入る人が多いという。

庭に下草が多いのは、オーナーの西村暢子さんの姉で在英ガーデンデザイナーの関晴子さんが作庭したからだとか。ちなみに汐見の家は、オーナー西村さんの大叔父で、アメリカへ渡り医者として大成した日系1世のロバート・一・汐見が、郷里の両親のため1953年頃に建てたもの。空き家を処分するため、4年前30年ぶりに佐島に来た西村さんは、この家の佇まいに心を打たれ、国際交流の場として生き返らせることを決意し、2年半かけてゲストハウス作りに奔走し、この4月オープンに漕ぎつけたという。

食事は、弓削島の味処へ行くか、自炊か宿のスタッフや相客とのシェア飯。この晩は、富田さん母子、日本一周の途中で宿を手伝っている青木俊樹さん、壁塗りを手伝った弓削商船高専の女子学生やIターンの人も遊びに来て、楽しいシェア飯&交流の場となった。

さいとうじゅん●1954年岩手県生まれ。ライター。テーマは島、旅、食など。
おもな著書に『日本《島旅》紀行』『吐噶喇列島』『旬の魚を食べ歩く』『島で空を見ていた』。
近著は『島ー瀬戸内海をあるく』(第1〜第3集)、『絶対に行きたい!日本の島』

(ノジュール2016年7月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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