こだわり１万円宿 第7回

旅ライターの斎藤潤さんおすすめの、一度は泊まってみたい宿を
「予算１万円」に厳選して毎月1宿ご紹介します。

栗駒山の秋田と岩手の県境に佇む標高1126mの温泉宿

旅館部に自炊部、
多彩なプランが魅力一ノ関駅発のバスは、1時間半ほどで終点須川温泉に到着した。高原なので広々と開けて明るい。さすが標高1126ｍで、下界に比べるとずいぶん涼しかった。

宿は白い壁に臙脂（えんじ）色の屋根で、背後に控えているなだらかな山容は栗駒山（くりこまやま）だろう。玄関で自炊部を予約しているというと、靴を入れるビニール袋を渡された。

チェックイン後に案内された自炊棟は、6畳の和室で思ったよりこぎれい。窓際に2畳ほどのスペースがあり、流し台、ガスコンロ、ヤカン、鍋、まな板、包丁と冷蔵庫が備わり、食器棚には、茶碗、汁椀、どんぶり、皿、コップなども並び、自炊モード十分だ。

自炊部は、布団や枕まで別料金のこともあるが、ここには浴衣や丹前まで揃っていた。ただし、タオルや歯ブラシは持参のこと。

今回は、自炊部に泊って旅館食をとるプランだったが、朝夕は620円で自炊部専用の食事を頼むこともできる。また、純粋な自炊の場合は、2泊目、3泊目と宿泊料金が下がり、長期滞在すると安上がりになる料金体系だ。

まず、県境を挟んで隣あう栗駒山荘へ行った。自分の宿で無料入浴券を受け取り、歩いて5分ほどで到着。秋田の宿だが、公共交通機関は一ノ関駅からのバスだけ。大露天風呂から、山と湿原が織りなす雄大な風景が望まれた。

湧出量、毎分6000ℓ
贅沢極まりない天然温泉須川高原温泉へ戻り、大自然に囲まれた大露天風呂に入った。縦横とも10ｍほどの湯船は、青白く濁った明礬緑礬（みょうばんりょくばん）泉で満たされ、強い硫黄の匂いが立ちこめている。目の前の豪快な湯滝から温泉を引き込んだ、贅沢極まりない究極の源泉かけ流しになっていた。

毎分6000ℓという豊富な湧出量は、1日に換算すると約9000トンというとんでもない量だ。

㏗2・2の全国随一という強酸性温泉で、新鮮な温泉の中に体を沈めると肌がピリピリと刺激され、湯をなめると強い酸味があった。源泉は50℃あるという。湯に浸かっては湯船の縁に腰かけたり寝そべったりしながら、果てしなく湧き落ちる湯滝を、いくら眺めても飽きることはなかった。

大露天風呂は朝6時から夜9時までだが、館内の大浴場ややや熱めの中浴場、屋外の足湯は、清掃時間を除き24時間入浴できる。

また、栗駒山の登山道を150ｍほど登ったあたりに、以前おいらん風呂と呼ばれていた天然蒸し風呂（ふかし湯）もある。浴場の地面にゴザを敷き毛布で全身を包み、地面から噴出する火山蒸気を浴びる、ユニークな入浴方法だ。

食事は旅館部と同じで、地元の銘柄豚白ゆりポークの陶板焼きやそぞみ（ガマズミ）酒など、地の食材を使った料理が並んだ。朝食はバイキングススタイルで、和食以外に洋食も用意されていた。

温泉は、質量とも申し分ない。部屋と料理の選択肢がいろいろあるので、自分に合った組合せを工夫して楽しむことができる。

さいとうじゅん●1954年岩手県生まれ。ライター。テーマは島、旅、食など。
おもな著書は『日本《島旅》紀行』『島ー瀬戸内海をあるく』（第1〜第3集）、『絶対に行きたい!日本の島』など。
今夏、『ニッポン島遺産』、『瀬戸内海島旅入門』を刊行。

（ノジュール2016年10月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。）