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オリーブの風に吹かれて
二十四の瞳と3大食文化の島

小豆島(香川県)

文:岸本葉子 写真:中田浩資

瀬戸内海に浮かぶ島の中でも、温暖な気候と豊かな自然に恵まれ、
アクセスも便利な小豆島は、はじめてのひとり島旅にはぴったり。
風光明媚な景色から映画の舞台、オリーブ・醤油・そうめんの3大食文化まで。
エッセイストの岸本葉子さんが辿った小豆島ぐるりひとり旅。

ひとり島旅の
スタートは
手軽な観光バスで
桟橋を離れたフェリーは、速力を上げて島々の間を進んでゆく。朝8時に高松港を出て、小豆島(しょうどしま)まで一時間の船旅。デッキへ出ると、白い波が尾を引き、海鳥が上下しながらついてくる。島旅の気分、満点だ。

土庄(とのしょう)港に入ると、潮風にごま油の香が混じる。桟橋近くに、ごま油の大きな工場が見える。着いたらまずは、島めぐりの観光バスに乗った。小さな豆という名前だけど、周囲126㎞と、瀬戸内海では淡路(あわじ)島に次いで大きい島。ひとり旅で来て運転免許も持たない私には、見どころを効率よく回り、島の全体像をつかむことができて絶好だ。

この島、海から見たとき「意外と高い」という印象だったが、ツアーバスで行く道もすぐに山がちに。もっとも高いところで標高816mあるそうだ。つづら折りの坂の途中で、眼下に千枚田がひらけた。その辺りには農村歌舞伎も残っていると聞いた。人の住んできた歴史の長さと、文化の蓄積を感じる。

同時にダイナミックな自然と生物の多様性に富んだ島であることも、私は知った。ツアーバスで訪ねた最初のスポット、銚子渓(ちょうしけい)には五百匹もの野性のニホンザル群がいた。香川県指定の天然記念物だ。続く寒霞渓(かんかけい)は奇岩怪石の連なる絶壁。1400万年前の火山活動でできた地形である。世界でここだけの固有植物や稀少な陸貝も棲息しているそうだ。

このすがたを私たちが愛でることができるのには、地元の人々のたいへんな尽力があったらしい。明治の昔、この景色を目にとめた外国人に一帯が売られそうになったとき、島民がお金を出し合って阻止したという。さらに新聞記者や文化人を招いて名勝としての価値を世に知らしめ、そのかいあって昭和9年日本初の国立公園に指定され、無事保全された。今でいうメディア戦略である。

島には四国のお遍路さんとは別の、八十八ヶ所の札所がある。千有余年の昔、讃岐を生国とする弘法大師が京への行き来にしばしば立ち寄り、その心を受け継いだ島の僧侶たちが、祈念の場を整えた。絶壁にへばりつくような山岳霊場も多く、佛(ほとけ)ヶ滝の洞窟にその佇まいを偲ぶことができる。

懐かしさ誘う
『二十四の瞳』の舞台
私が小豆島を知ったのは、他ならぬ『二十四の瞳』によってだ。児童文学の名作で、作者の壺井栄(つぼいさかえ)は島の醤油樽職人の娘と聞いた。醤油蔵の黒ずんだ板塀の並ぶ通称「醤の郷(ひしおのさと)」を抜けて、「二十四の瞳映画村」へ。30年前の再映画化時のセットに加え、昭和の映画館を再現したイベントスペースなどが立つ。物語に「岬の分教場」として登場する小学校が、映画村から徒歩10分もかからぬところに残っていると聞き、足を延ばした。

瓦葺平屋の校舎に「苗羽(のうま)小学校田浦(たのうら)分校」とある。すり減って節の浮き出た板張りの廊下を進むと、二学年がいっしょの教室が並んでいる。二人掛けの木の机は、コンパスで線を引くにもつっかえそうな穴ぼこだらけ。昔、こういう穴に消しゴムのかすを溜めたっけ。四角い椅子の低いこと。黒板にはかすれたチョークの文字。「しょうわ四十六年三月二十四日 分校とおわかれの日が来ました」。この日をもって閉校したのだ。昭和46年の小学生といえば、私の同世代。この小さな分校から巣立っていった彼らは、バブル、平成不況を経て、どんな人生をたどったのか。大人としての感傷にしばしふけった。

物語の主人公である女(おなご)先生が自転車で通った分校への道も、いまは渡し船が両岸をつなぎ、桟橋が対岸の「小豆島オリーブ公園」から見下ろせる。銀白色に輝くオリーブの葉と、凪いだ海、岬の向こうに重なる島影は、この島ならではの眺めだろう。小さな島の中には、干潮のときだけ歩いて行けるものもある。一日に二回現れる「エンジェルロード」と呼ばれる道を、近くの小豆島国際ホテルに宿をとって、夕方と朝、渡ってみた。

(ノジュール2017年5月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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