50代からの旅と暮らし発見マガジン

こだわり1万円宿 第17回

旅ライターの斎藤潤さんおすすめの、一度は泊まってみたい宿を
「予算1万円」に厳選して毎月1宿ご紹介します。

香川県

ゲストハウスきんせんか

大楠に守られた
瀬戸内の小島に立つ眺望の宿

全国的にも珍しい風習
カラフルな「埋め墓」
船が宮の下港を出ると、左に長く寝そべったような粟島(あわしま)、行く手に志々島(ししじま)が見えてくる。到着する寸前、港の奥にカラフルな小屋がひしめているのが見えた。両墓制の埋め墓だ。両墓制とは、土葬した場所(埋め墓)とは別に、お詣りするための詣り墓を作る風習。志々島では、埋め墓の上に色鮮やかな霊屋(たまや)があるので、特に目立つ。

港では志々島振興合同会社の北野省一さんが、出迎えてくれた。北野さん、山地常安さん、井出喜久美さんが中心になって、志々島の島おこしに取り組む会社だ。

昨年4月、3人は宿のなかった島で、古民家をリフォームしてゲストハウスをはじめた。

宿へ行く前、港近くの「くすくす」に立ち寄った。山地さん夫妻が切り盛りする休憩処で、コーヒーなどを飲むこともできるし、志々島Tシャツや絵葉書、カップなどの土産品も置いてある。

現在の人口は20人足らずだが、最盛時は千人を数えた島なので、斜面に立ち並ぶ家々はおびただしい。昭和のまま時間が止まってしまった集落は、寅さんをはじめ多くの映画のロケ地になっている。

旅人を魅了する
樹齢1200年の大楠
坂を3、4分登ると、右手に長屋門風の構えがある家が現れ、かわいらしい宿の看板がかかっていた。中庭は三方が建物に囲まれ、残りの一方から集落と瀬戸内海、彼方には讃岐平野が一望された。向かって真ん中が宿泊棟で、右は風呂、トイレ、台所などの水回りで、設備はすべて新しい。

宿泊棟では、3部屋を使うことができる。一日一組なので、自分一人で貸し切りだった。外国人客も多く、彼らも日本人もこぞって絶賛するのが、推定樹齢1200年という大楠だ。

久々に大楠と会うため、狭くて急なコンクリート舗装の小径を登った。島にはこんな道しかないから、工事の時に業者が搬入するくらいで、クルマは1台もない。

途中に無住の寺があり、上に詣り墓が立ち並んでいる。その先には段々畑が積み重なり、振り返ると集落全体とゆったりとした瀬戸内の風景が広がった。

かつては花か卉き栽培が盛んで、島が花で覆いつくされていた時代もあったが、その面影は島人たちが植えている花々に偲ぶだけ。

峠を越えて少し下ると、大楠が迎えてくれた。圧倒的な存在感に魅了され、山地夫人のように移り住んできた人もいる。

上にある楠の倉展望台まで登れば、大楠を上から望めるし、北から東にかけて点在する島々や瀬戸大橋を一望できる。ここで爽やかな風に吹かれ、1時間ばかりぼんやりして宿へ下った。

食堂も店もないので、自炊はさぼって今回の夕食はお弁当だ。北野さんが遊びに来て、しばしよもやま話に花が咲いた。寝る前に庭に出て、対岸の夜景と満天の星を仰ぐ。翌朝は、庭から朝日を眺めた。宿ができたからこそ、目にすることができた光景だった。

さいとうじゅん●1954年岩手県生まれ。ライター。テーマは島、旅、食など。
おもな著書は『日本《島旅》紀行』『島ー瀬戸内海をあるく』(第1〜第3集)、『絶対に行きたい!日本の島』、『ニッポン島遺産』、『瀬戸内海島旅入門』などがある。

(ノジュール2017年8月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
ご注文はこちら

定期購読のお申し込み

バックナンバー

書店一覧