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改革に奔走した西郷隆盛の足跡

洛南~洛東
“西郷どん”編

文:パーソナル企画 写真:塩谷眞則、京都市観光協会

2018年の「京の冬の旅」のもうひとつのテーマが、維新三傑のひとり・西郷隆盛。
特別公開される、薩摩藩ゆかりの寺院と“西郷どん”の足跡を辿ります。

薩摩軍の本営が
置かれた東寺へ
2018年の大河ドラマは、明治維新の元勲・西郷隆盛の生涯を描く「西郷(せご)どん」。京都には、薩摩藩のリーダーとして幕政改革に奔走した西郷ゆかりの地があちこちに点在する。やや広範囲にわたるが、洛南から洛東まで、その足跡を辿ってみよう。

最初に訪れるのは、京都駅の南西に立つ、世界遺産の東寺。東寺真言宗の総本山で、平安京の造営時に国家鎮護のために建立、のちに弘法大師空海に下賜されて、真言密教の根本道場となった。境内南東に立つ五重塔(国宝)は高さ約55m。木造建築としては日本一高い。特別公開される初層内部には、大日如来に見立てた心柱を囲んで金剛界四仏を安置。柱や壁は極彩色の文様で彩られ、密教の世界を体感できる。

この荘厳な世界が、慶応4年(1868)1月、鳥羽伏見の戦いに向き合うこととなった。淀方面から御所に向かうべく進軍する幕府軍に対し、薩摩軍が東寺に本営を築いたのである。戦況を把握して指示を出すため、西郷隆盛は五重塔に登ったという。両軍が激突した鳥羽街道の「小枝橋(さえだばし)」は、寺の南約3.5㎞。もし幕府軍が突破していたら、東寺は戦火により大打撃を受けていたかも知れない。

東寺では、21体の仏像(国宝16体、重文5体)が立体曼荼羅を形成する講堂(重文)などもあわせて拝観可。密教美術の精華にふれた後は、近鉄電車で伏見へ向かおう。

“川の港町” 伏見は
幕末動乱の地
酒処の伏見は江戸時代、京と大坂を結ぶ水運の港町として繁栄。いわば京都の副都心となり、西国諸藩の藩邸が置かれた。丹波橋駅を出て、下板橋通を西へ500mほど進み、左に曲がれば特別公開の大黒寺がある。その前に、薩摩島津伏見屋敷跡を訪ねたい。左折せず、少し直進すると石碑が立つ。

慶応2年(1866)、近くの船宿「寺田屋」で幕府側の襲撃を受けた坂本龍馬はこの藩邸に逃れた。2017年6月、高知県が新発見を発表した龍馬の手紙には、「このときうれしかったのは、西郷が知らせを聞いて、短銃に玉を込めて、助けに来ようとしてくれたこと」と記されている。

大黒寺は通称「薩摩寺」で知られる。本尊は「出世大黒天」とよばれる大黒天像(秘仏)。大黒天は薩摩藩主・島津家の守り本尊であることから、藩の祈願寺に定められた。西郷や大久保利通が会談を重ねた部屋が残されており、志士たちにゆかりの書や歌、肖像などが特別展示される。

また境内には、文久2年(1862)の寺田屋事件(寺田屋騒動)で亡くなった薩摩藩士・有馬新七(ありましんしち)ら9人の墓がある。勤王倒幕を目指す有馬ら急進派と、公武合体を奉じる島津久光の意を受けた同じ薩摩藩士が斬り合う悲惨な事件だった。当初、9人は藩への反逆者として扱われ、西郷は九烈士の名を刻んだ墓を自費で建立したという。

(ノジュール2018年1月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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