50代からの旅と暮らし発見マガジン

[エッセイ]旅の記憶 vol.61

理想の寝湯を求めて

松山 知樹

温泉が好きだ。

温泉好きは長くお湯に浸かっていたいものである。有難みが身体に染みわたる気がする。湯上り後の満足度も高い。しかし、熱いお湯にそうそう長くは入っていられない。のぼせる前に外に出て湯冷まし、そして再びお湯に浸かるを繰り返すのは、急激な温度変化もあり、なかなかハードである。

熱くも寒くもないような、温泉に長時間浸かっていられる「寝湯」のような浴槽はないものか? 今から4年ほど前、新しいホテルの企画に携わっていた頃、長く浸かっていられる温泉のヒントを得るための旅に出たことがある。テーマは「理想の寝湯」である。

まず、初めに訪れたのは山形の銀山温泉の『仙峡の宿 銀山荘』。爽やかな雪解けの季節で近くの滝の水量に圧倒された。ここの寝湯は客室付帯でテレビも備えられていた。まるで旅客機のコックピットのような形状をしている。温泉に浸かりながらのテレビは非日常だ。しかし、お湯が熱く肩までしっかり浸かるため、長く入っていられなかった。姿勢からしてこれは寝湯というより、「もたれ湯」とでも呼ぶべきだろうか。

次に訪れたのは静岡県伊豆高原温泉にある『はなれ宿 善積(よしづみ)』。全6室に露天風呂が付く和風の隠れ宿だ。『西山』という部屋が寝湯付きだ。岩風呂風の浴槽の脇に、シングルベッドサイズの寝湯がある。内風呂で温まってから、スムーズに寝湯に移動できる。お湯が浅く、上半身がちょうどいい具合に露出する。これが熱くも寒くもない快適な状況を作る。丸みのある岩の枕があり、頭部の置き場所にも困らない。これぞ探し求めていた、理想に近い寝湯だ。惜しかったのは、寝湯ゾーンに多少の傾斜があったことだった。

3箇所目は群馬県四し万ま温泉でも屈指の老舗宿『鍾寿館(しょうじゅかん)』。自慢の野趣溢れる貸切露天『山里の湯』の最上段に目的の寝湯がある。

池と見間違うほどの巨大露天風呂に絶妙な温度の源泉が贅沢に注がれている。自然に囲まれながらかけ流しの湯に浸かるのはなんとも贅沢だ。これだけで満腹になりそうなのに、なんとここの寝湯は飛行機のファーストクラスでも謳い文句にしている「フルフラット」のキングサイズ。ついに辿りついた、これこそが本当の寝湯に違いない。ただ、深さが15㎝ほどあり、少々深い。横たわると耳に水が入る。楽な姿勢が取りにくい。深さは5㎝もあれば十分で、寒くも感じないはずだ。ひと通り回ってみてこれぞという真の理想の寝湯には結局出会えなかった。ただ一つ気が付いたことは、旅には写真では分からない発見がある。“温泉は入ってみなければ絶対に分からない”。

これからも旅を重ねて、全国の寝湯を探求し、“理想の寝湯”を開発していきたいと思っている。


イラスト:サカモトセイジ

まつやま ともき●1973年デトロイト生まれ、大阪育ち。
コンサルティング会社・リゾート運営会社を経て2011年よりホテル旅館のプロデュース・運営・コンサルティングを手がける(株)温故知新の代表取締役。
四国のスモールラグジュアリーホテル「瀬戸内リトリート青凪」の直営、富山「リバーリトリート雅樂倶」、信州高山村「藤井荘」、出雲大社正門前「竹野屋旅館」の運営サポートなどを行う。

(ノジュール2018年1月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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