50代からの旅と暮らし発見マガジン

[エッセイ]旅の記憶 vol.66

海外を旅していた頃・エジプト

見城 美枝子

それは1970年代に遡る。私はTBS系JNNネットワークの朝のテレビ情報番組「おはよう700(セブンオーオー)」で司会と海外リポーターを務めていた。人気は「キャラバンⅡ(ツー)」という海外リポートのコーナーで、海外での取材は1ヶ月かけて一つの国を回り15分番組を15本撮ってくる。その間、司会は海外から帰ってきた別のリポーターが務めるという具合で1年の半分は海外を回っていた。

その頃の日本は高度成長期も成熟し、1979年にはアメリカの社会学者エズラ・ヴォーゲルが日本的経営を高く評価する「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を出版し、70万部のベストセラーとなったように、日本人が日本人であることに自信を取り戻し、一般の人が海外旅行へ行こうと思えば行ける時代になっていた。例えば私がパリ取材の中で、「シェルシェミニップ」という古着屋さんを紹介し、その店のイラストを出したところ、2、3ヶ月後にその店のマダムから「ある日、日本人旅行者がどっときて、店の品物はほぼ完売です」というお礼のエアメールが届いたという具合だ。

その旅の一つにエジプト取材がある。当時はサダト大統領時代。首都カイロからナイル川を遡ってルクソール、アスワン、アブシンベルと回り、また地中海に面したアレクサンドリアも取材した。当時水没寸前のイシス神殿に魅せられたが、中でもアブ・シンベル神殿は忘れがたい。

アスワン・ハイダムによる水没の危機をユネスコによって救済された神殿は、フランスチームを中心に、まず神殿を正確に分割してナンバーを付け、約60m上方、ナイル河畔から210m離れた丘に移設されたが、正面に高さ22mの建造主ラムセス2世の4体の座像が並び、それは見事な砂岩の岩窟神殿の再現となった。移設によって日にちがずれたとはいえ建造時同様に年2回、太陽が神殿の奥の像を照らす。

ここで帰りの飛行機を一便ずらして、周囲をぐるりと散策して驚いた。神殿の基盤はコンクリート製のドームと聞いていたが、裏はただの砂利山。その一角に入り口を発見。運よく人が来たので入れてもらったら、中は発電機のような大きな機械や事務所が入っていた。さすがエッフェル塔の下にビルなど作るような無粋なことはしないフランスチーム。すべてドームに入れて古代エジプトの時代へと誘うアブ・シンベル神殿がそこにある。

ところでルクソール西岸のハトシェプスト女王葬祭殿では砂漠の中を自転車で旅する日本の若者にも会った。そういう時代だった。


イラスト:サカモトセイジ

見城 美枝子〈けんじょう みえこ〉
青森大学副学長、エッセイスト。1968年TBS入社、アナウンサーとして活動。のちに退社してフリーに。
主な書著に『ニッポンの食と農この10年』『会話が苦手なあなたへ』など多数。

(ノジュール2018年6月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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