50代からの旅と暮らし発見マガジン

こだわり1万円宿 第28回

旅ライターの斎藤潤さんおすすめの、一度は泊まってみたい宿を
「予算1万円」に厳選して毎月1宿ご紹介します。

山形県

広河原温泉間欠泉・湯の華

豪快! 間欠泉を浴びながら入浴できる湯宿

電波も届かない
ブナ林に包まれた秘湯
手ノ子(てのこ)駅に到着して駅舎の中に入ると、迎えの人に声をかけられた。宿までは山道を30kmも走り、送迎車で約1時間かかった。

渓流の岩が赤茶色に変色しているのが見え、手作り風の小さな橋を渡ると、立派な木造の建物が現れた。玄関の近くに、短い杉丸太を積んだ軽トラが止まっていた。温泉を加温する燃料だという。

携帯の電波は届かないが、1回100円で衛星電話を使える。稀に見る秘湯中の秘湯だ。

温泉は、朝の5時から夜11時まで。内湯は男女別だが、名物の間欠泉がある露天風呂は基本的に混浴だ。ただし、夜8時から9時は女性専用時間。また、バスタオルの着用可なので、混浴でもそれほど入りにくいことはない。

周辺を散歩して戻ってくると、宿の前に水柱が見えた。間欠泉だった。遠くから水柱を撮りつつ近づいたが、水の勢いは一向に衰えない。浴室の入口には、間欠泉の間隔は10〜40分とあったが、宿の主人によれば法則性は皆無とか。丸1日滞在して、それが現実に一番近い感じがした。

気まぐれに吹き上げる
生き物のような間欠泉
部屋でひと息ついて、温泉へ。内湯から露天風呂をみると、水柱が見えた。慌てて何枚か写す。別のお客もやってきて、記念撮影。カメラを置いて露天風呂に戻ると、間欠泉はまだ噴き続けている。

ときどき水の勢いが衰えるが、噴泉は収まらない。よく見ると大量の炭酸ガスが含まれた温泉で、噴きながら泡立っている様が面白い。強弱を繰り返すうちにどんどん勢いづき、水柱は5mほどの高さに達した。その後、30分近く噴き続けて、ピタリと止まった。

噴き出すお湯の温度は35℃と、体温よりやや低い。そこに少し加温された温泉がちょろちょろと流れ込んでくる。長風呂にぴったりの湯温だ。また、噴出時の湯は透明だが、すぐに酸化しはじめ褐色に濁っていく。肩まで湯に浸かれば首から上しか見えなくなる。

夕食は、山の幸満載だった。梅酒。豆腐、アザミ、ワラビ、ナメコ、鶏もも肉などの寄せ鍋。身欠きニシンやヤマウドも入った田舎風の煮物。ワラビ、ネマガリタケ、ギョウジャニンニク、フキの煮物などの山菜珍味盛合わせ。ミズの葉、クルマエビ、カボチャ、マイタケ、アスパラガスなどの天ぷら。そして、熱々のイワナの塩ふり焼き。イワナは宿への途中に養魚場があるので、いつも新鮮なものが手に入るのだという。

それに、最近造りはじめた秘湯どぶろく。14度と記されていたが、もう少し度数がありそう。

夜の10時頃、また噴泉を眺めにいくと、満天の星がきらめき天の川がぼんやり光っていた。やがて、木立の向こうで明るい光が膨らみはじめた。旧暦14日の待宵の月(まつよいのつき)が、今昇ろうとしている。星の微かな光のさざめきと木漏れ月光に囲まれて、変幻自在に形を変えて噴き上げる泡をたっぷり含んだ温泉は、まさに幻想の世界だった。

さいとうじゅん●1954年岩手県生まれ。ライター。テーマは島、旅、食など。
おもな著書は『日本《島旅》紀行』『島ー瀬戸内海をあるく』(第1〜第3集)、『絶対に行きたい!日本の島』、『ニッポン島遺産』、『瀬戸内海島旅入門』などがある。

(ノジュール2018年7月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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