[エッセイ]旅の記憶 vol.53

「旅を栖とす族」の日常

夏井いつき

かつて芭蕉さんは、船頭も馬子も毎日毎日旅をしてて、旅を住処(すみか)にしてるようなもんだよな、って言った。「日々旅にして旅を栖(すみか)とす」と語る芭蕉さんだって、終生、旅を住処とする俳人だった。斯く言う私も、「俳句の種まき」をライフワークとして日本中を駆け回ることを生業とする俳人。ワタクシも「旅を栖とす族」の一人である。

テレビCMプロデューサーで、大阪〜東京を行ったり来たりで暮らしていた夫と熟年遠距離再婚をして十年と少し。彼もまた「旅を栖とす族」であったが、三年前に退職をして、私の住む四国松山で一緒に暮らすことと相成った。が、結局のところ、私のマネージャーとして個人事務所の社長として、二人三脚の旅から旅の日々を送ることを選んでしまうのだから、「旅を栖とす族」の業は深い。

今回の旅は、九州長崎から始まった。長崎は十数年通い続けている街。毎年二校ずつ、小学生中学生に「句会ライブ」という俳句の授業をしている。すでに長崎市内の小学校は二巡目に入った。全国各地を歩き回ってはいるが、観光地を巡ることはほとんどない。「旅を栖とす族」の悲哀はここにある。原稿やら選句やら、〆切に追われながら旅しているので、いつも決まった店で飲み食いして終わる。長崎で訪れるのは長崎駅前の「片岡」。皿うどんが目的だ。滞在中は毎日通う。夜は「片岡」の角を曲がった居酒屋「ほおづき」。一年ぶりに行ってみると、近くに新しい店が増えているのに驚く。大将が「息子と一緒にやることになったんで、来年来てくれた時は、ウチもちょっと小ぎれいになってる」と嬉しそうに話す。一年に一度しか来ないのに顔を覚えてくれてるのが、ちょっと嬉しい。

長崎を出発して目指すのは宮崎。宮崎日日新聞主催の句会ライブには、千人を越える来場者。ノリの良いお客さんを前にすると、こちらもついつい張り切る。楽しい。こんな夜の生ビールは格別だ。宮崎の焼酎も腹にしみる。

翌日は大分へ移動。湯布院にてプライベートな一泊。だからといって、出歩きはしない。全室露天風呂付きのコテージ「友里(ゆうり)」にて、一日中だらだら風呂に入る。これぞ、「旅を栖とす族」にとっての至福の休日だ。そして明日は、東京へ飛ぶ。まだまだ、我が松山には戻れない。日々旅にして「旅を栖とす族」の日常はこんな具合に続く。


イラスト:サカモトセイジ

なつい いつき●俳人。1957年愛媛県生まれ。中学校国語教諭を経て、俳人へ転身。
平成6年「俳壇賞」、12年には「第五回中新田俳句大賞」を受賞。
テレビ「プレバト!!」や「句会ライブ」など精力的に活動し、辛口でユーモラスな句評で多くのファンをもつ。
『夏井いつきの超カンタン!俳句塾』(世界文化社)、『2017年版夏井いつきの365日季語手帖』(マルコボ.コム)など著書多数。

(ノジュール2017年5月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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