こだわり1万円宿 第15回

旅ライターの斎藤潤さんおすすめの、一度は泊まってみたい宿を
「予算1万円」に厳選して毎月1宿ご紹介します。

大分県

真玉温泉山翠荘
(またまおんせんさんすいそう)

国東半島に湧く自噴泉と、周防灘の幸が自慢の宿

地元客にも人気
豊かな源泉
かけ流しの湯
宇佐(うさ)駅まで迎えにきてくれた宿のクルマが真玉(またま)温泉に到着すると、入口も内部もいかにもスパランドで、広い売店や農産物直売コーナーなどがあった。スパ付属の公共の宿のようだし、あまり期待できそうにないか。しかし、夕食は3つ、朝食は4つの開始時間を選べるようになっていて、その心遣いに少し期待が戻ってきた。

通された部屋は、床の間つきのこぎれいな10畳間で、ゆったりとした広縁にはテーブルと椅子がある。さらに、広々とした洗面台と洗浄機付きのトイレ、アメニティグッズもそろっていた。

太郎天(たろうてん)の湯という宿泊者専用の風呂(15〜24時、6〜9時)も2つ対になってあるが、まず男女が隔日で入れ替わるという大浴場(10〜22時)へ向かう。

ジャグジーバス、ラジウムサウナ、打たせ湯、露天風呂に大きな浴槽があり、源泉かけ流し。炭酸水素塩泉で、癖のない柔らかなお湯だった。毎分400ℓ自噴しているという。これだけ充実した設備なのに入浴料が300円だからか、客が次々にやってくる。

美味しく味わうための
細やかな気遣い
19時近くなって食堂へ行くと、席がほぼ埋まっていた。夕食は3000円の会席Bコースだから、それほど期待はできないだろう。テーブルには、前菜と酢の物、小鍋、漬物が並んでいるだけ。

間もなく、注文したビールと刺身の盛合せがやってきた。窪みが三つある洒落た細長い皿には、姫島のクルマエビ、ヒラス、タイが配され、よくある刺盛りとは趣が違う。エビの身は生で、頭はゆでてあった。スパの食堂で、こんな手をかけた刺身に出会うとは。

そういえば、小鍋に火を放とうとしない。小鍋をあつらえる宿では、多くが客の意向を確認もせずに勝手に火を点ける。油断していると火が通りすぎて、出がらしの悲しい煮込みと化している。酒をゆっくり楽しみ、いざ食べようという頃には冷えていることも多いのに、この宿はいいぞ。

改めて観察すると3点盛りの前菜も、サワラ土佐酢ジュレかけ、合鴨ロースオレンジジュレ、アサリと三つ葉の胡麻和えと、充実していた。味も、裏切りはない。素材を確認すると、コースメニューを持ってきた。高級旅館ならともかく、こんな配慮も珍しい。

メニューに食い入っていると、熱々の茶碗蒸し、続いて色どりのよい炊き合わせと揚げたての天ぷらが並び、この辺りで国産豚スキ鍋に火を点けてもらう。

鍋に火が通った頃、大粒のアサリの吸い物もやってきた。漬物二種類は、どちらも自家製。料理にも満足したが、なによりも細かな気遣いが嬉しかった。

寝る前に入った太郎天の湯は、木調で高級感があり思っていたより広い。数人なら悠々と浸かれそう。翌朝入ったもう一つは、石を基調にしていてこれもよかった。

さいとうじゅん●1954年岩手県生まれ。ライター。テーマは島、旅、食など。
おもな著書は『日本《島旅》紀行』『島ー瀬戸内海をあるく』(第1〜第3集)、『絶対に行きたい!日本の島』、『ニッポン島遺産』、『瀬戸内海島旅入門』などがある。

(ノジュール2017年6月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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