[エッセイ]旅の記憶 vol.55

ドイツへのスケッチ旅行

藤城清治

10年ほど前、ドイツ人と結婚したハネさんという日本人から「ノイシュヴァンシュタイン城をぜひに藤城さんの影絵にしてほしい」という手紙をいただいた。

この城は今から百三十年前にルードヴィヒ2世が17年の歳月をかけて造ったディズニーのシンデレラ城のモデルともいわれた世界一美しい城だ。

しかも、ルードヴィヒ2世は城がうまれたあと精神障害といわれ拘束され、翌日、湖で死をとげた謎につつまれた城でもある。

ご主人のミヒャエルさんは観光事業をしているという。ぼくもこの謎めいた城を描いてみたかったので娘の亜季と2人で行くことにした。

ドイツに着き、ホテルの部屋に入ると窓から遠くの山の中腹に城が見え、早速スケッチした。

翌日、城内を見学したが、玉座も寝室も柱や壁や調度品等すべて妥協のない見事なものだった。外観もこの城は、360度あらゆる角度から描きたいと思った。つり橋からよく見えると聞いたが写真ならいいが、ゆれるので、とても描けない。それにお城のうしろ側だ。

つり橋の先は岩場で見晴しが良さそうだが、登れそうにない。当時80才だったが、イーゼルも絵具箱も置いて周りの人に押しあげられ、身体を支えられながらスケッチした。

翌日は朝早く、少し遠く正面から見える所を探そうと一人でスケッチブックと小型カメラを持って出かけた。

一時間位歩いたところで牧場か野原の前に出た。だが城は見えないので、道から原っぱの中へ入って歩いているうちに真正面に城が見えてきた。早速、草の上に座って描いた。

描いているうちに何か気配がして、ふりかえったら大きな牛がじっと覗いていた。そしらぬふりで描きつづけているうちに牛も去っていった。あわててホテルに帰ったら、カメラを置き忘れたのか無い。2時間も歩いた先の、茫漠とした牧場の中をどう歩いたのか見当もつかない。見つかるはずもないと思ったが、今日まで撮ったフィルムが入っているカメラだ。とにかく2人で牧場まで探しに行った。

描いた所もおぼえていない。このあたりかなといったら、足元がピカッと光った。カメラだ。奇跡だった。

翌日は隣のフュッセンでルードヴィヒ2世のミュージカルを観た。湖のほとりの劇場がすばらしく、ロビーからは湖の向う岸に遠くノイシュヴァンシュタイン城が見え、ミュージカルも影絵的手法を随所に使っていて感動した。

このミュージカルや湖に立てられた王の十字架、それにスケッチや写真をもとにノイシュヴァンシュタイン城の影絵を制作した。


イラスト:サカモトセイジ

ふじしろ せいじ●1924年東京生まれ。学生時代から絵画、人形劇、影絵を始める。
1948年『暮しの手帖』に影絵を連載、影絵作家として注目を集める。
自主提供番組『木馬座アワー』では自身が生み出したオリジナルキャラクター・ケロヨンが爆発的人気を呼ぶ。
現在も精力的に創作活動を続け各地で影絵展を行う。

(ノジュール2017年7月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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