[エッセイ]旅の記憶 vol.59

空の上の祝祭空間

梯 久美子

仕事柄、取材で遠方に出かける機会がしばしばあり、旅の多い生活をしている。北海道であろうと九州であろうと、時間の許す限り陸路で行くことにしているのだが、それは私がオタクに近い鉄道好きであるためだけではない。飛行機が苦手なのだ。

自分が踏んでいる床の下に空気しかないと思うと、まずそれだけで不安である(その点、鉄道ならしっかりとした大地があり、鉄のレールまで敷かれている)。さらに私には閉所恐怖症の気があり、絶対に外に出られない密閉空間にいるのが苦痛なのだ。滑走路の混雑でなかなか離陸できず、シートベルトをしたまま数十分待たされたときは、だんだん息が苦しくなり動悸がしてきた。

だが海外に行くときは乗らないわけにいかない。何とか我慢してやり過ごすことになるのだが、ではこれまでのフライトのすべての時間が苦痛だったかというとそうでもない。嫌いなはずの飛行機の中で、忘れられない美しい光景に出会ったこともある。

20代のとき、西太平洋のポンペイ島に行った。かつては日本の統治下にあった南洋群島に属していて、当時はポナペ島と呼ばれていた。現在はミクロネシア連邦の首都が置かれている。

まずグアム島まで飛び、そこから「アイランドホッパー」という愛称がある小型の飛行機に乗り換えた。チューク、ポンペイ、コスラエ、クエゼリン、マジュロといった島々に寄り、ハワイのホノルルまで行く路線である。

すぐ前の席に、カラフルないでたちの10人ほどのグループがいた。頭に花輪を乗せた女性、レイを首にかけた男性。ウクレレやタンバリンを手にした人もいる。若い人も年配の人もいたが、みな浅黒い肌をもち、美しい顔立ちをしていた。隣の席の人が、彼らは島々を回る楽団だと教えてくれた。

飛行機が飛び立ち、シートベルトサインが消えてしばらくすると、歌声が聞こえてきた。彼らが歌っているのだ。最初は2、3人の小さな声だったが、すぐに全員が歌い出した。やがてタンバリンの音が響き、ウクレレがかき鳴らされる。男女の声が波のように重なりあい、髪飾りやレイに使われた南国の花が強く匂って、狭い機内は祝祭空間のようになった。

それはほんの10分か15分のことで、彼らは最初の島であるチューク島で降りていった。気がつくと機内はもとの殺風景な空気に戻っていて、私は夢を見ていたような気分になった。いまも忘れることのできない、空の上での美しい時間である。


イラスト:サカモトセイジ

かけはし くみこ●1961年熊本県生まれ。ノンフィクション作家。編集者を経て執筆活動へ。
2006年、『散るぞ悲しきー硫黄島総指揮官・栗林忠道ー』で大宅壮一ノンフィクション賞、2017年『狂うひと「死の棘」の妻・島尾ミホ』で読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞、講談社ノンフィクション賞を受賞。

(ノジュール2017年11月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
ご注文はこちら