50代からの旅と暮らし発見マガジン

こだわり1万円宿 第22回

旅ライターの斎藤潤さんおすすめの、一度は泊まってみたい宿を
「予算1万円」に厳選して毎月1宿ご紹介します。

新潟県

栃尾又温泉 湯治の宿 神風館

深雪にうずもれて
魚沼の霊泉湯治

趣向の異なる3軒が並ぶ
秘境のラジウム泉
小出(こいで)駅前から乗ったバスが終点の栃尾又(とちおまた)温泉に着くと、深く切れ込んだ谷間の中腹に大きな建物が立ち並んでいた。3軒ある宿はみな親戚で、真ん中の4階建てが湯治客用の神風館だった。本家筋の自在館は秘湯の宿目当ての人たち、宝巌堂は主にラグジュアリーな雰囲気を楽しみたいグループと、住み分けているという。

チェックインの時に栃尾又温泉は初めてだと告げると、謂れと入浴法について説明があった。800年前に発見されたと伝わる霊泉「したの湯」は、日本屈指のラジウム泉で多くの効能がある。しかし、したの湯までは82段もの階段を下らねばならず、足の悪い人には辛かった。そこで、昭和60年代に宿泊棟のある場所まで引湯して、男女別の「うえの湯温泉センター」を作り、入浴しやすくしたという。

一方、したの湯は湯船が一カ所で、隔日の男女別入浴。当日は男湯の日だった。入浴時間帯は、どちらも5時から23時まで。入浴棟は、3軒の宿共用となっている。

案内された部屋は、階段を上った2階のこぎれいな6畳で、テレビ、ストーブ、ポット、鏡、炬燵などが揃っていた。お年寄りの移動を配慮して、夕食は18時、朝食は8時の部屋食。食事終了後は、食器を廊下に出しおけばいいし、布団は好きな時に押し入れから出して自由に敷けばよい。

長湯でまどろみ
霊泉と一体になる
一息ついて、したの湯へ。道を挟んで立つ自在館の、曲がり角の多い階段を下った。各角にベンチなどが置いてある。階段が直線でないのは、圧迫感を減らすためだという。谷底までたどり着くと、しゃれた飲泉処があり、その奥が脱衣場だった。

浴室に入ると、窓越しに雪に埋もれた風景がぼんやり浮かんだ。湯船は2つあり、奥の広い浴槽に6人入っている。湯船の縁に等間隔にもたれて、首まで浸かっていた。本を読んでいる人、目をつぶっている人など、人それぞれ。

小さい湯船の温泉で掛け湯してから、広い方に座る場所を確保。みんな、湯と一体化したように動かない。37℃ほどのぬるい湯に2時間ばかり浸かる長湯という入浴法が、ここの仕来りだという。

最初の10分間は長く感じられたが、その後は時の流れ方が変わったような気がした。40分ほどで1人が温かい小湯船に移り、浸かりはじめて1時間半過ぎると、完全貸し切り状態となった。

18時過ぎ、夕食が部屋にやってきた。メインは、豚肉、豆腐、各種野菜の寄せ鍋。アユの塩焼き、ナメコおろし、ワラビのおひたし、漬物、味噌汁、メロンなど。

寝る前にもう一度したの湯へ行き、1時間ほど浸かった。湯と体が溶け合ってしまいそうな浮遊感が、なんとも心地よい。

翌朝は、明るく清潔感のあるうえの湯やおくの湯を、少しずつ梯子し、秘境の霊泉を堪能し尽くした。しかし、栃尾又ならではの長湯は、したの湯に限る。

さいとうじゅん●1954年岩手県生まれ。ライター。テーマは島、旅、食など。
おもな著書は『日本《島旅》紀行』『島ー瀬戸内海をあるく』(第1〜第3集)、『絶対に行きたい!日本の島』、『ニッポン島遺産』、『瀬戸内海島旅入門』などがある。

(ノジュール2018年1月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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