50代からの旅と暮らし発見マガジン

[エッセイ]旅の記憶 vol.62

十七歳の無銭旅行

太田 和彦

初めての旅らしい旅は、今から50年以上も前の17歳の時の無銭旅行か。

当時のベストセラー、小田実まことの『何でも見てやろう』に刺激され、男は旅に出なければと決意、同じ高校美術部で絵を描いていた友達に持ちかけた。まずは資金調達。町のカメラ屋さんのポスターを勝手に描き、店に持ち込んで買ってもらったのだから図々しいが、たしか1000円で買ってくれた。

それを手に高校二年のゴールデンウィーク初日の夜、長野県松本郊外の長距離トラック基地に行き、ある運転手に「京都に行きたいが乗せてくれ」と持ちかけると、上から下までじろりとにらみ「いいよ」と言った。学生服に学帽が信用されたのかもしれない。

初めての大型トラックの運転席は広く、二人組運転手の一人は席の後ろの寝台で横になり、我々二人は助手席に並んで座り、深夜11時ころ出発した。

塩尻、上松(あげまつ)、木曽福島……深夜の中山道、木曽谷の底の真っ暗な道をヘッドライトの明かりだけが照らし、時おり急カーブの向こうから強烈な光が突然迫って来て対向二車線を猛スピードですれ違う。長距離トラックの運転手はおよそ無口なものだが、それよりも難所で知られる街道に緊張していたのだろう。無言の時間が過ぎてゆくうち、子供のこちらは眠ってしまった。

翌朝目を醒ますとトラックはすでに名古屋を過ぎ、当時日本初の高速道である名神高速に入っていた。休憩所に入ったとき荷台に乗ってよいか聞くと「いいよ」となった。

蓋うテントもない大型トラックの荷台は、晴れ渡った空の下にぐんぐんスピードを上げ、追い抜いた小型車を上から見下ろすのは気分がいい。「やったなあ」オレたち二人はわけもなく痛快になり拳を上げた。

京都でおろしてもらって礼を言うと、昼飯を終えた運転手二人は首タオルにくわえ楊枝で、「まあ、気ぃつけて行けや」と言ってまた運転席に戻った。

ギー、ブロロロロ……高い運転音でトラックは去り、残った二人はなんとなく見送って歩き出した。


イラスト:サカモトセイジ

おおた かずひこ●1946年生まれ。デザイナー/作家。元東北芸術工科大学教授。
著書に『居酒屋百名山』『居酒屋おくのほそ道』『東海道居酒屋五十三次』『居酒屋かもめ唄』『ひとり旅ひとり酒』『居酒屋を極める』『日本の居酒屋ーその県民性』など。
テレビBS11「太田和彦のふらり旅いい酒いい肴」ロングラン出演中。

(ノジュール2018年2月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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