50代からの旅と暮らし発見マガジン

こだわり1万円宿 第23回

旅ライターの斎藤潤さんおすすめの、一度は泊まってみたい宿を
「予算1万円」に厳選して毎月1宿ご紹介します。

青森県

平舘不老ふ死温泉

不老ふ死温泉発祥の地
再生した名湯の宿

弘前藩の官撰史書に残る
津軽半島最古の湯
蟹田(かにた)駅前からコミュニティバスで津軽半島東岸を北上して、平舘(たいらだて)支所前で下車し、山の方へ向かって4、5分歩くと宿に到着した。

隣接した公共の温泉はふるさと創生基金で作った施設で、元の不老ふ死温泉とは別な源泉を掘り当てたという。海辺に近いため塩分が多く、湯温も高いらしい。

宿では、すぐに桜の間へ案内された。広々とした12畳で、窓の向こうに畑と集落が広がり、彼方には陸奥湾と下北半島が望まれた。

前々日に泊まった、日本海に沈む夕陽の露天風呂で有名な五能線沿いの黄金崎(こがねざき)不老ふ死温泉と何か関係あるのか女将にたずねると、元々不老ふ死温泉はここが発祥の地で、兄がこちらを継ぎ、弟に黄金崎の方を任せたのだとか。一時は兄弟でそれぞれの不老ふ死温泉を経営していたが、その後平舘の方は閉館。十数年前親戚筋に当たる現在の女将が買い取り再開したという。「津軽一統志(つがるいっとうし)」にも平舘村の根子の湯として記され、300年前からあった津軽半島最古の温泉で、昔は「鶴の湯」と「蟹の湯」に分かれていたが、一体化して不老ふ死温泉になった。

陸奥湾や津軽海峡の
海の幸を存分に
不老ふ死のいわれは、今から2200年前、秦の始皇帝の命を受けた徐福(じょふく)が不老不死の霊薬を求めてこの地に来たという伝承があることから、創始者が命名。以前は山奥の河原から自然湧出する源泉の上に浴場を建てた宿だったが、火事で焼けてしまったのを機に、昭和55、56年頃に今の場所に新たな建物を造った。

今でもポンプなどは使わず、サイフォンの原理で源泉から湯を引いている。透明な弱アルカリ性のナトリウム・カルシウム・硫酸塩泉で、湧出量は毎分100ℓの源泉かけ流し。入浴時間は冬期間は6時30分から21時まで、夏期間が5時30分から22時まで。

部屋で少しくつろいでから、温泉につかることに。癖のない湯で気持ちいいが、浴槽が一つだけなのでそれほど長湯はできない。あがってから自販機で缶チューハイを買い、部屋で寛いでしまった。

酔いが醒めたところで、はじめてきた土地を散歩することにした。海へ行くと、整備された港があり、かなりの規模。海岸で咲いていた白花ハマナスが印象に残った。海辺には昔ながらの建物や街並みも、わずかに残されている。宿に戻り、もう一度湯につかった。

18時半頃、椅子席の食堂へ行くと夕食が並んでいた。相客は他に2組。そのうち仙台からきた若い姉妹は、平舘さん。名前にご縁を感じてやってきたという。

生ホタテガイのバター焼き、ヤナギノマイの塩ふり焼き。刺身盛合せは、マグロ、タイ、ホタテ。ヒメタケ、シイタケ、小エビなどが入った茶碗蒸し。豚肉と大根の煮物。寄せ鍋は、赤魚、豆腐、白菜、しめじ、水菜など。そして、ミズとホヤの水貝、ゆでイカのおろし和え山椒風味などが並んだ。

さいとうじゅん●1954年岩手県生まれ。ライター。テーマは島、旅、食など。
おもな著書は『日本《島旅》紀行』『島ー瀬戸内海をあるく』(第1〜第3集)、『絶対に行きたい!日本の島』、『ニッポン島遺産』、『瀬戸内海島旅入門』などがある。

(ノジュール2018年2月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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