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トキワ通りからトキワ荘へ

東京城北なつかし散歩

文:泉麻人 写真:村岡栄治

コラムニストの泉麻人さんが
古地図にも載っているという池袋の小さな路地から
漫画家の聖地・椎名町界隈を気ままに歩き、
昭和の雰囲気が残る店や町の様子をご案内します。

池袋でなつかしい
昭和の風景を辿る
なつかしい町並みをテーマにした東京散歩というと、浅草や向島、深川…。といった東部の下町界隈がまず思い浮かんでくるものだが、僕が最近好んでよく歩くのは城北の方面。町屋、十条、赤羽、板橋…そして池袋の裏の方にもいくつかおもしろい通りがある。

池袋の西口の少し北寄りのあたりから始まるトキワ通りもその一つ。歩きはじめる前に、駅に西北側の角にある喫茶店「伯爵」でひと休み。70年代後半に開業したという王朝サロン風の純喫茶だが、フレンチローストの濃口の珈琲がおいしい。僕の若い頃は「貴族」とか「男爵」とか、ゴージャスなフレーズを付けた喫茶店名がハヤッたものだが、近頃は少なくなってしまった。

そんなわが青春時代から映画館やボウリング場のある娯楽ビル・ロサ会館の前を通ってトキワ通りに出た。西進していくと、やがて広い道は半分くらいに狭まって、さらに、「昌庭之家」という中国人向けビジネスホテルの先でまたググッと狭くなって一通路と化す。この感じが散歩マニアにはたまらない。古地図を眺めると、この道は今の要町(かなめちょう)通りができるより前の大正時代からくねくねと西へ延びている。

商店の筋は途中で一旦途切れるが、道が下り坂になる頃からまたぽつぽつと増えてくる。米屋、クリーニング屋、理髪店…そんな昭和の町らしい個人商店のなかで、「埼玉屋」の看板を出した豆腐屋(看板は豆富店)は古い。関東大震災直後の大正12年(1923)の創業。僕とはほぼ同世代の60代はじめの三代目主人が店の歴史を話してくれた。「おじいちゃん、初代が埼玉県の栗橋から出てきて始めたんですよ。だから埼玉屋。すぐ先に谷端(やばた)川ってのが流れてましたが、坂下通りなんて呼ばれていたこの辺は当時湿地でしてね。水はよく湧き出るんで、豆腐屋やるにはよかったのかもしれませんね」

三代目主人はアイデアマンで、おっぱい豆腐(丸い豆腐の頂きに大豆がのっている)とか豆乳プリンとか、ユニークな新メニューが並んでいる。店先に地元の彫刻家が手掛けたというブロンズ像が置かれているが、この辺りも《池袋モンパルナス》と呼ばれた芸術家たちが住んだ土地の風土が感じられる。

豚ショウガ焼き320円
みそ汁60円
道の向かいに「なみき食堂」という、昔の舞台コメディーに出てきそうな大衆食堂がある。午前11時の開店を待って店に入った。気のよさそうなおじちゃんとおばちゃんが二人で切り盛りしている食堂。ただなつかしいムードがいいというだけではなく、一つ一つ料理がうまいのだ。そして安い!僕が贔屓にしている豚ショウガ焼が320円。これにみそ汁(60円)やら酢の物やらごはんやらを組み合わせていただく、というしくみ。やきめし540円(チャーハン、ではない)などの魅力的な一品モノもある。

この店もかなり古い。昭和9年(1934)、北方の池袋本町で開業して、終戦後すぐにここに移ってきた。ちなみに、今回の取材まで屋号《なみき》は並木道みたいなイメージ的なものと思いこんでいたのだが、意外な経緯を伺った。「ウチも先代が埼玉県の栗橋から出てきたんで、最初の店は《埼玉屋》だったんですよ。ここに移ってきたらお向かいが埼玉屋さんでしょ。それで苗字の並木に改めました」

池袋という町は埼玉屋さん(しかも栗橋出身)が多いのかもしれない。

坂下通り(トキワ通り)は、暗渠(あんきょ)化された谷端川の先で山手通り(環6)に突きあたる。突きあたる、というか、昔の道は山手通りの向こう側の庚申通りの商店街へと続いていたわけだが、ここらで一旦池袋駅の方へ引き返すことにしよう。

ぼ、ぼ、ぼくらは
少年探偵団〜♪
西池袋のシンボル、ともいえる立教大学の北隣に江戸川乱歩の旧邸が保存されている。ミュージアムとして書斎などが一般公開されているが、なんといっても目を引くのは、書庫に利用されている大きな蔵だ。

乱歩が港区・芝の車町からここに引っ越してきたのは昭和9年(1934)のこと。「池袋の家にも昔風の土蔵がついていた。実はそれが気に入ったのである。(中略)私は土蔵の階下に、車町の洋室の書棚を運ばせて取りつけ、例の彫刻のある大机もそこに置いて、数年の間はこの土蔵の中を書斎に使っていた。」(随筆「池袋三丁目に移転」)と、書いているけれど、乱歩邸の丹羽さん(立教大学大衆文化研究センター助教)の話によれば、冬の寒さに耐えられず、書斎としてはやがて使われなくなったようだ。

乱歩邸は蔵と母屋が昭和20年(1945)春の山の手空襲にも焼け残り、近隣の住人の避難先に利用されたというが、乱歩の著書と愛読書がぎっしり書棚に収容された、この二層仕立ての蔵の中は魅力的だ。子供の頃に愛読した「少年探偵団」(ポプラ社)を立ち読みさせてもらったが、とりわけ独特のタッチで描かれた昭和30年代はじめの漫画本(小林少年の風貌が妙にオッサンぽい)にハマッてしまった。

(ノジュール2018年4月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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